宇治公園

喜撰橋・十三重石搭

喜撰橋十三重石塔

◆この橋を渡ると目の前に「宇治公園」の碑があり、島内にはさくら、松、もみじなどが植えられています。搭の島にある高さ約15mのわが国最大の石搭で、1286年に西大寺の僧叡尊により建立されました。叡尊は、朝廷の命により宇治橋の修復を行いましたが、殺生禁断の思想の持ち主で、網代や漁具を埋め、その上にこの石塔を建立し、魚霊の供養と宇治橋の安全を祈りました。<宇治旅物語より>

柿本人麻呂の歌碑・宇治公園の建物

柿本人麻呂の歌碑公園内の建物

◆ 柿本人麻呂は「もののふの八十氏河(やそうじがわ)の、網代木(あじろぎ)にいざよふ、波の行く方(え)しらずも」と歌を詠みました。 歌の意味は「 宇治川の網代木で一時停滞し やがて行方知らずとなる波のように 滅び去った近江の都に仕えていた人々はいったいどうなったのであろうか」。
◆和風建物は公園内のトイレです。

宇治川先陣の碑・宇治川しだれ

宇治川先陣の碑宇治川しだれ

◆古代より水陸交通の要衝であった宇治は幾多の合戦の舞台となり、なかでも寿永3年(1184年)の木曽義仲と朝廷から義仲追討の任を受けた源義経の戦いは有名です。天下の激流を挟んだ両軍の決戦は義経軍の名馬「するすみ」に乗った梶原景季(かげすえ)と名馬「いけづき」に乗った佐々木高綱の「先陣争い」で幕を切って落としました。先陣は策にたけた高綱がとり、義経軍が一斉に渡河して義仲軍を打ち破りました。
◆「宇治川さくらまつり」が宇治公園中の島一帯で毎年4月第1土・日曜日に開催されます。会場では野点席や特産物の販売などがあり、たくさんの花見客で賑わいます。

中の島のさくらと屋形舟・橘橋

さくらと屋形舟橘橋

◆屋形舟に乗って桜を見るのはとても風流です。

朝霧橋

朝霧橋朝霧橋

◆宇治川の源流は琵琶湖で、上流には洪水調整、水道用水の供給、発電を目的とした天ヶ瀬ダムが1964年に完成しています。朝霧橋の上から川の流れを見ると流れがかなり速いのには驚かれることでしょう。

  

サイトMENU

Copyright (C) 2009-2014 源氏物語のまち 宇治 All Rights Reserved.